旅は、人生を再確認するためのもの。二年前、フィリピンで立ち止まった私の話

2年前、フィリピンに行った。
正直に言うと、強い目的があったわけじゃない。

何かに行き詰まっていたわけでもないし、
人生を変えようと意気込んでいたわけでもない。

ただ、
「このままでいいんだっけ?」
そんな小さな違和感が、ずっと心の奥に残っていた。

それを言葉にするほどでもない。
でも、無視するには少し大きい。
だから、環境を変えてみたかっただけだった。


フィリピンの空気は、思っていたより静かだった

もっと雑多で、もっとエネルギッシュで、
正直、少し疲れる場所を想像していた。

でも実際に過ごしてみると、
意外なほど、時間はゆっくり流れていた。

朝の光、
街の音、
道端で交わされる短い会話。

特別な観光地じゃなくても、
「生きている感じ」がちゃんとあった。

日本で感じていた、
“急かされている感覚”が、少しずつ薄れていった。


何もしない時間が、こんなに長かったのは久しぶりだった

旅先では、やることを決めすぎなかった。

今日はどこに行こうか。
それすら、朝起きてから考える。

スマホを見る時間も減ったし、
「次は何をすべきか」を考える回数も減った。

その代わり、
「今、どう感じているか」を
久しぶりにちゃんと考えていた気がする。


人生を見直す、というより確認していた

旅をすると「人生が変わる」と言う人もいるけれど、
私の場合は少し違った。

何かを大きく変えたというより、
「これまで選んできたもの」を
静かに確認していた感覚に近い。

焦っていなかったか。
無理をしすぎていなかったか。
本当は、何を大切にしたかったのか。

答えが出たわけじゃない。
でも、問いをちゃんと自分に戻せた気がした。


2年経った今、あの旅を思い出す理由

フィリピンから帰って、
劇的に人生が変わったわけじゃない。

でも、
判断に迷ったとき
立ち止まりたくなったとき
ふと、あの空気を思い出すことがある。

「あのときの自分は、何を感じていたっけ?」
そうやって、自分に戻るための場所ができた。

旅は、逃げるためじゃなくて、
人生を再確認するためのものだったんだと思う。


旅は終わっても、残るものがある

フィリピンの旅は、もう過去の出来事だ。
でも、あの時間は、今の自分の中にちゃんと残っている。

前に進めなくなったとき、
立ち止まることを悪いと思いそうになったとき。

「あのときも、立ち止まってよかったよな」
そう思える記憶があるだけで、
少しだけ、呼吸が楽になる。

旅って、
行っている最中よりも、
帰ってからの人生で効いてくるものなのかもしれない。

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